特別支援教育 28 安心・安全、安心・安全、安心・安全(2)

特別支援教育 27 安心・安全、安心・安全、安心・安全(2)

 「安全」の方は?。

 こちらは感情というよりも、むしろハード面、ソフト面での条件整備的な側面が大きい。

 危険な遊具がそのままになっていたり、壁がボロボロと崩れてきたり、子どもがすぐ外に飛び出していけるような場所があったり、そんなことがあれば、これは安全とは言えない。
 もちろん、こういうことには色々と気は使っているはずですが、思わぬところにほころびがあったりするもの。
 いわば、システムとして、こうした管理がきちんとできるような体制を整備しておくことが重要です。

 で、その「安全」について、まず第一義的に考えなくてはいけないのが「生命の安全」ということです。
 不慮の事故とかケガ、防ぎきれないことというのは実際あります。が、最大限、命を大事にすることが貫かれていなくてはいけない。

 例えば、体調面で不安定さがあり、場合によってはそれが生命の危機につながるような可能性がある子ども、一時的ではなく、そうした状態が状態、その子にとって普通の常態である場合、学校としてどこまでその子の安全についての条件を整備し、安全性を担保できるのかということは常に考えておかないといけないし、考えうる状態に対応したシミュレーションも行なっておかなければいけない。

 それでも、現在の看護師が常駐し、例えばエアコンや加湿器などの設備もあるような状況下であっても、生命の安全が充分に担保できないと判断したならば、それは学校として責任を負える範囲ではないとして、学校に通学しての学習という形態をとらないという決定を行わなければいけない場合もありえます。

 例えば、以前に仕事をしていた病院併設の養護学校ではベッドサイド授業というのがありました。
 学校はすぐ隣に隣接しているのですが、教室まで出てきて授業を行うのは難しいような体調、かといって、非常に状態が悪くてまったく関わることができないというほどでもない、そう病院側が判断した場合は、教員の方が病棟内に来て可能な関わりをする、それがベッドサイド授業。今もあると思いますが。

 これなんかは「生命の安全」ということを考えて、病院と学校相互で作ってきたルールということになります。

 そうではない、通常の家庭から通学してくる子どもたちの場合はどうか?。

 その教育形態、例えば通学という形をとるか訪問教育という形をとるかなどを決定するのは、無論、保護者や子ども本人の希望、願いというのは充分に理解しふまえてという前提があってですが、学校です。

 例えば、他の子どもたちへ「危害」を加えるような可能性が高い場合は、そんな状況そのものを改善するように指導、支援を行うのは当然のこととして、クラス集団の中には入らずに個別対応にする、そういう判断、決定を行うのも学校です。これも教育形態の一つ。

 保護者とか主治医が決定するのではない、その決定を行うためにはその子の実態と関わっての情報収集とその整理は当然重要です。
 ですが、決定は学校として行い、それは時として保護者や子ども本人の当面、目先の願いに反することになるという場合もある、そのことをいつも考えておかなければならない。

 無論、納得されるかどうかは別として、少なくともその意見は理解してもらえるようにする説明責任はあります。

 その決定に不服があった場合はどうするのか?。それは司法の判断、仮処分申請とかいうことになるのかもしれません。

 こういうことが鋭く問われるケースというのは、現実に充分ありうると思います。

 「安全」ということは考えだすときりがないところもあります。様々な「危険」を完全に排除しきることはできないし、想定外の様々な事態というのもありえることですし。

 ですが、どこまでの安全をどう担保するのか、その基準やそれを保つシステムというのは常に考え、それは一部の人が考えるのではなく、同時に様々な条件が変化する中でそれを見直すということは必要なことですね。

 まあ、「言うは易し」ですが・・。

 

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