そうか「富裕」ではなく「余裕」

そうか「富裕」ではなく「余裕」

金融資産1億円以上あると「富裕」層という言われ方をすることについて、
自分自身の場合にあてはめると、どうもこの「富裕」という言葉には違和感が
あるというのは、前にちょっと書きました。

家計の金融資産は1.2億程度で、来年には3000万の銀行ローンが入り、投資
不動産の比率が高まることにはなりますが、まあ、金融資産1億は保つかなとい
う感じです。

これは別に特別なことをしたわけではなくて、夫婦それぞれが25年以上フルタイム
で仕事をしてきた賃金、退職金と20年以上の資産運用の結果、そうなったというだけ
のことです。

それで、特に生活感覚や価値観等が大きく変わったということはなく「富裕」という
感覚には乏しいです。

では、現状はどう言えばいいかというと、これは「富裕」ではなく「余裕」ですね。
ということに気がついたというか、思いつきました。

数年前にフルタイムの仕事は退職し、去年からはパート的な仕事も行っていません。
これはずっと入院していた父親への対応を最優先しようとしたことや、自分自身の体調、
治療の関係などの理由があるのですが、この判断ができたのは、金融資産の相応の蓄え
があったからで、これがなければフルタイムの仕事を退くという判断はできませんでした。

現在は、仕事に行くということがありませんので、そこからのストレスは皆無です。
それ以前のパート的な仕事の時も、それ以前のフルタイムの仕事と比較すれば、ストレス
というのは非常に小さいものになっていましたが。
ここは精神的な余裕ということの主因になっています。

仕事に行きませんから、時間的な余裕というのがとても大きく、自分の希望や判断で
時間を使うことができます。

どこかへ行くにも混むような時期、曜日、時間などをずらして行動することができます。
一週間ほど、白馬村で過ごすというようなことも時間的な余裕がないとできません。

これは大きいです。

前提として、経済的余裕ということがあります。まあ、普通に生活していく上では、お金
の面の不安というのはそんなにありません。年金そのものが受給開始時に具体的にどうなっ
ているかわかりませんが、それまで現在の金融資産でつないで生活していくことは普通にはで
きそうです。

今年ほどの好調さが継続するということは難しいでしょうが、資産運用でもそれなりのリター
ンを継続していくことは、トータルでは多分できると思いますし。

あと、重要なのは身体的自由です。大きな病気をしたりせず、体も自由に動かすことができ、
自動車での移動もできること。

この身体自由を確保した上で、上記の、精神的、時間的、経済的余裕があること、これは非常
に望ましい状態で、この状態を少しでも長く保ちつつ、日々の生活を充実したものにしていくこ
とがこれからしばらくの目標ということになりましょう。

逆に言えば、このこと、「身体的自由+精神的・時間的・経済的余裕」こそが「富裕」なのだと
定義すれば、「富裕」という言葉に対する違和感がくなるということにもなります。

さて、木曜には人間ドックがあります。

腎臓結石と、血圧、コレステロールがかなり高いというのはわかってますが、それ以外のところで
具合いが悪いようなところがないといいですが・・・。

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