特別支援教育 5 全体像と課題、全体像と課題、全体像と課題~(1)

 と、これは、常に思って、また言ってきたことですが。

 個別の指導計画というのを作成するようになって、それぞれの学校で子どもらの実態や課題、
指導の手立てやそのまとめなどを、その書式に基づいて整理して記入するようになってますね。

 で、最近の傾向としては、通知表(「あゆみ」という言い方をしたりしますが)と、この個別
の指導計画を一体化、ひとつのものにしようとする傾向があります。

 このこと自体は別に悪いことでもなくて、うまく機能すれば、仕事の合理化につながる面も
あると思うのですが、通知表と個別の指導計画は内容的に重なる部分があっても、文書の性格
がやや異なるので、そこらあたりをうまく統合される形式、内容の検討を深めていく必要がある
と思っています。つまり、通知表は、まさに「通知」、つまり実際に行ったことをまとめて報告し
評価する面が中心であり、一方、個別の指導計画は、「計画」、実態をどうとらえて、どのような
課題を設定して授業での取組をすすめていこうとしているのかという部分が中心となるものである
ということです。

 で、表題の「全体像と課題」ですが、個々の子どもの細かい実態を詳細に把握することは、その
こと自体としては重要ですが、そうしたものの総体として、子どもの全体像と(中心的な)課題は
何なのかをしっかりと明らかにしておくことが極めて重要で、極端に言えば「細かいことはいいから、
まず、この子はどんな子で何が大事なのかを共通理解しよう」ということができたら、まずは
それでいいと思うのです。

 「共通理解」というところがポイントです。個別の指導計画は担任さんなり、誰か一人、原案を
作成する担当者が当然するでしょう。ですが、その子と日常的に主に関わる指導者の間では、この
「全体像と課題」は共通理解しておかなければいけない。

 これができていたら、日々の取組は、枝葉末節にとらわれたりすることなく、全体としては大きな
誤りがない方向に向くはずです。

 人によって、経験が浅くても、すぐにパッとこういうことが正確にとらえられる人がいます。逆に
経験年数が長くても、どうもここのところがずれてしまう、そこはそんなに大事ではないんだけど
なぁと感じる人もいます。

 自分自身はどうだったか?。最初はわけがわからないところからスタートして、回りの先生らに
あれこれ教えてもらい「あれがこうで、そうだから、このことが大事」というように筋道をたてて
説明してもらいそれを理解する中で、自分なりの子どもの理解やとらえがだんだんできるようになっ
てきたように思います。

 今の若い先生らが大変だなと思うのは、そういうバッファみたいなものが少ないように感じられる
ことです。

 ただ、いくら共通理解ができたとしても、大きくくくった「課題」は実際の授業の場面で具体化し
ていかなければ意味がないわけで、そこでは本質的な実態のとらえとそれに対する具体的な手立てを
明らかにして実践していく必要があります。

 例えば「安定した体調で学校生活を送ることができる。」というのを大きな課題であると考えたと
しますね。まあ、こういう文章表現がいいかどうかとかは、検討の余地はありますが。

 こんなの、誰だってそうですが、なぜこれを中心的な課題としてあげるかといえば、それはこの子
の実態に即して学校教育の中での課題とすることが適当で重要であると考えるからですね。

 じゃあ、そのために何をすればいいんでしょうか。それは「学校教育」という範囲の中で行えるこ
とでしょうか。医療じゃないんでしょうか。

 この課題に即した内容を教育課程の中で具体的にどこでどう取り組みますか。

 と、あれこれ、考えていくことに当然なるわけです。

 次回、ここのところを具体的に考えてみます。

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