特別支援教育 12 授業「豆」(3)

 どこまで書きましたか・・・。

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 で、まず、この黒い紙を貼った合板の坂の上から、ポロッと一個、大豆を落とす。と、コロコロと転がっていきますわな。

 一個転がるだけでは、これは音はしないです。わずかにするかも。ただ、スポットライトに照らされた中を豆が一個、コロコロ~。

 これで既に注目できる子どももいます。何度か授業を繰り返すと、最初のこの場面から注目できるようになってくる場合もあります。

 で、今度は手にひとつかみぐらい、いや、その前に数粒ぐらい流したかな。どっちだか忘れましたが。

 量が多くなると、ザーッと転がって行く時に音がしますね。

 これを少しずつ間をおきながらする。この「間」というのが大事。また、子どもたちにはたらきかける時は、そのはたらきかけ(刺激)
の程度が強くなりすぎない、過剰なものにならないように考えることが大事。

 それよりも変化に気づかせたい。「間」の中で、子どもら自身がちょっと考える、あるいは疑問に思う、そういう場面や状況を意図し
てつくりたい。

 視覚でも聴覚でも、体の揺れでも、はたらきかけの内容が強くなるというのはわかるのです。それは子どもらに反応してほしいからね。
なにかはたらきかけをして、ダイレクトにその反応が返ってきてほしいわけです、する方としては。だけど、それが過剰なものになって、
ただびっくりさせたりとか、緊張を強めたりとか、そういうことになってはしょうがない。

 で、これ、だんだんと量を多くしていく。もう、でっかいゴミ捨てのバケツに満杯、大豆はあるわけですから。

 少し高い位置から落とすとか、一気にこの大バケツを傾けてザッザッザーーーーーーーッと流すとかそういう工夫をする。

 坂を大量の大豆が一気に流れるというのは、その流れる様子も音も、なかなか迫力があります。

 こうなると、もう、あたりは大豆だらけです。ブルーシートの上にほとんど残ってはいますが、時々、かなり遠くまではねたりすること
もあります。これ、あとで拾わないといけない。また、子どもの服の間に大豆がはいってしまうこともあります。これも注意深く取り除かない
といけない。後から服の間から出てきたりすると怒られますね、。

 まあ、服の間から出てきただけならまだいいですけど、手指の操作が巧みな子だったりすると口に入れてしまったりする場合もある。

 と、気をつけなければいけないこともあります。

 で、この様子を見たり聞いたりしたら、今度は触ってみる。指先で、手のひら全体で、腕全体でとか。感触は悪くないですよ、小さいツブツブ
が動く感じは。

 で、さらには、自分の手元で、そのあたりにもう大豆はいっぱい転がってますから、それをちょっと集めて、小太鼓の上に落としてみる。
小太鼓の上で豆が飛び跳ねる様子とかその音はなかなか刺激的です。小太鼓の上に豆をしきつめて、手のひらを動かしてみるのも面白い。

 と、視覚、聴覚、触覚などへのはたらきかけを行うということです。

 こういう経験は、まあ、学校の授業でもないとできません。こういう教材を準備できて、それを子どもに合った形で提示できて、そして指導する
場合は、一対一であるかどうかはおいといて、相当の人がそのためにいる、そういう環境というのは学校が中心。学校しかないとは言わない
けれども、他の場所ではなかなかこういう条件が整わない。

 何も「文化」というのは、文学的な教材を持ってこなければいけないわけではない。

 子どもに合ったはたらきかけの中味を考え、それをその場にある様々なリソースを活用して示していくこと、そういうことそのものが
「文化」ということにつながっていく営みなのではないか、と思いました。

 授業「豆」はこれでおしまいにしときましょう。

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