サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット Review(1)

図書館で借りてざっと一読し、アマゾンで現物を成行で買い直した一冊ですが、順次内容を振り返ってていきます。

全体としては共感するところが非常に多かった本です。

まず「はじめに」のところで、カバーの裏にも書いてある地味な清掃員だっと男が800万ドルもの資産を残した話がでてきます。逆に大成功して羽振りが良かった

男がのちに破産した話も対照的な事例として書かれています。

この「地味な清掃員」の話はもその投資内容については単に優良株への長期投資と書かれているだけで詳細な内容については紹介されていません。まあ「つかみ」という意味での紹介なんでしょうが、本書の内容と関わってここはその投資の中味にまで具体的に分析してみてくれてもよかったかなという感じはします。

ここではトップエリートでもなんでもない普通の清掃員だった彼が大きな成果を残せた理由として経済的な成果は、知性や努力とは無関係の「運」に左右される部分が大きいことと、経済的な成功は数学とか物理学ではなく、どう振る舞うかというソフトスキル、複雑で測定が難しい人間の心理や行動が大きく関わっているからということを挙げています。

全体としてこの指摘には自分自身の経験を照らしても納得できるものがあります。但し、個人的には「運」という言葉は好みません。「運」という言葉を使うと、そういうことがあるように思えるので。ここは「偶然」「たまたま」「まぐれ」、言葉として一つどれか選ぶなら「まぐれ」がいいかと思っています。

また、「知性や努力」の部分の価値や意味というのは相応にあると思っています。それはどこまで大きく成功できるかというよりも、大きな失敗をしない、つまらない損失を被らないようになるという意味では、かなり効果があるように思うのです。

「知性や努力」によって大きな損失を被って市場から退場しない可能性を高めることができれば、それは「まぐれ」に恵まれるための前提条件を整えることにつながります。

資産運用上の大きな「まぐれ」は誰にでも訪れるものではなく、そこに参加するチケットを持っているということが前提条件になります。よく「稲妻が輝く瞬間」という言い方がされます。市場が強烈に上昇するような瞬間、これが「稲妻が輝く瞬間」ですが、にポジジョンを持ってそこに参加することができていなければ、その成果を受け取ることができず、単に部外者としてそれを眺め、ルサンチマンに浸るぐいらのことになってしまう可能性があります。

こうした意味で、どの程度どこまでということにもよりますが、「知性や努力」の意味は相応に大きいのてはないかと思っています。

つづく。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です