re:投資ブログをなぜ書き続けているのか。

よくのぞかせてもらう「ろくすけの長期投資の旅」の6_sukeさんが「投資ブログをなぜ書き続けているのか。」という記事を投稿されています。

こちら。

その内容にそって自分の場合はどうか考えてみると、

【対外的に】
> パフォーマンスを誇示できる

6_sukeさんぐらいになれば「誇示」もあると思いますが、自分自身の場合は誇示するほどの中味がない(^_^;)。まあ、長いこと自分なりにやっていれば、それなりの成果にはなると思いますという実例にはなっているところはあるかと思ってますが。
成功も失敗もすべて実例をそのまま書くことを原則にしているので、そういう意味での参考となるところがあれば嬉しいかなという意識は多少はあります。

投資の素晴らしさを伝えることができる

「素晴らしさ」とまではいかないけれど、IRセミナーとか株主総会に行ったり、IPO投資であれこれ考えたり、優待であれこれ届いたり、そういうのはそれぞれ意味はかなり違うのだけれど、エンターテインメントとしての側面、楽しさというのは大きいと思っています。
もちろん、実益が伴わないと意味は薄く、競馬は面白いから儲からなくてもいいというかしょうがない・・、というのとは意味は違うとは思いますが(競馬とか全然わからんけど)。

自分の考えていることに対して、フィードバックが得られる(共感や尊敬が得られることもある)

他者からのフィードバックはあまり求めているところはないですね。結果的に多少はあるかと思いますが。

あと、医療実録シリーズなんかも書いているので、知人、友人に状況を知らせるような意味というのはあります。

【対内的に】
>過去の取引を振り返りつつ、失敗を今後の糧にすることができる(投資日記としての役割)

これはかなり大きいです。ブログが自分用のデータベースになっているところもあります。旧のgooのブログの内容は公開記事としてはすべて引き継いではいないのですが、自分では現在のブログで非公開の旧ブログ記事もすべて参照できるようになっています。
となると、あれはどうたったかなということがあれば、語句で検索すると関連の記事が出てきますから、それで以前のことが確認できたりします。自分で日々記録しているEXCELのファイルもWEB形式で参照できるようにしていますが、それと並んでブログそのものが自分にとってのデータベースとなっているところがあります。。

ブログと実際の投資行動との言行一致が促され、一定の規律ができる

厳密な規律とまではいかなくても、自分のスタイルなり方向性の確立には結果的には役立つところはあります。

情報の取捨選択が自然とできる

これは自分なりのスタイルや方向性というのが確立してくると、それとあまり関わらない情報には意識がいきにくくなってくるというところはあります。これは直接ブログを書いていることと関係があるのか、ないのか。ないことはないか。

例えば、人が儲かったとか損したとかいうことにはあまり気持ちが動かなくなりました。だって自分と関係ないし(^_^;)。自分にはしない、できない、しようともしない、考えもしない、そういうことで儲かったとかどうとかいうのは、いわば「宝くじに当たりました!」ということが書かれているのと同じようなものなので、「あー、よかったですね。」というだけのことで、それが本気で羨ましかったりするようなことはない、というか、なくなりました。

ネットとか雑誌のあれこれの推奨銘柄的記事もほとんどは「あー、そうですか」的に眺めるだけで、自ら積極的にそういうのを探しにくいようなことはなく、なんとなくの楽しみとして、昔ながらの雰囲気の編集の「株式新聞」を夕方にながめたりするぐらいのことです(←モーニングスターの優待)。

ブログについて、結局のところ、自分の場合は雑文を書くのが苦にならないというところが大きいです。しゃべるように書いていて見直しとかもちゃんとしないので、誤字脱字などが多いですが・・・(^_^;)。

 

re:投資ブログをなぜ書き続けているのか。” に対して2件のコメントがあります。

  1. ろくすけ より:

    私自身はパフォーマンスを誇示するというほどのものはなくて、あくまで一般論ということで
    (;^_^A

    こうして他の方の考えをうかがう機会につながるのも、ブログの良いところですね。
    興味深く読ませていただきました。

  2. 伏見の 光 より:

    いえいえ、十分誇示していいかと。
    誇示というか、パフォーマンスの源泉はなにかということですね。

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