特別支援教育16 「異空間」としての授業

 最近、このシリーズは書いてなかったな。

 ここのところ、ちょっと子どもたちと直接接する機会があって嬉しかったです。

 さてと、授業の話ですが・・・。
 前提として「授業とは何か」ということがあり、とりわけ特別支援学校の場合は、登校してきて
(あるいは登校のバスの中から)帰るまで全部授業という捉え方をするならばそれはそうなのです。
全部学校の教育活動といえばそうです。

 ただ、登下校の通学バスは、最近は民間委託され、バスの中の介助員もおじさん、おばさんだった
りすることが多くなり、これは学校の介助職員がバスに乗るのとはかなり意味が違ってしまってきて
います。まあ、これはおいといて、ここで言うのは、基礎集団のクラスなり、あるいはそれを束ねた
グループなりで設定して取り組まれる授業のことです。

 こうした授業の多くは、その基礎の教室で行われることが多いと思われます。
無論、内容によっては音楽室とかプレイルームなどで行われるものもあると思いますが。
 いずれにしろ、その度ごとに違う場所で取り組まれるのではなく、一定の場所で、しかも「一発もの」
ではなくて、繰り返し取り組まれるというイメージでの授業です。

 教室では、日常的に健康チェックなり当番活動なり、あるいは水分摂取とか食事とかおむつ交換とか
様々な生活上の取組があります。これらも当然教育活動の一環ではあり、それぞれねらいや意味があり、
というか、それを明確にして取り組まれる必要があります。

 ただ、こうした日常的な様々な活動の場と設定された授業の場とは、物理的には同じ場所であっても、
その設定や雰囲気なりは、区切られた「異空間」というか「設定された授業としての空間」というもの
を演出する必要や意味があると思います。

 なんとなく、いつもの教室の雰囲気の延長線上で、だらっと授業が始まってしまうことは適当ではない。
いわば、「授業の構え」のようなものをこちら、指導者側がきちんと設定する必要がある。

 それは、多様な要素がその授業の内容やねいらによってあるので、一律にこのようにしたらいいという
ことはないのですが、以下のような点に留意する必要があるでしょう。

・音
 感覚へのはたらきかけの中で聴覚に関わる部分。とりわけ視覚障害がある子どもたちの場合には重要。
 音の面での環境整理をきちんとすること。
 音には当然、人の声も非常に重要な要素としてありますし、音楽や楽器の音なども含まれます。
 不要な指導者の側の声を控えることを原則して(逆に意図的に一緒に盛り上がってにぎやかにする
 場面などもあってもよいですが)、区切りとして「無音」まったく音がしない場面などもうまく取り入れたい
ところでする

・光
 視覚的な面。教室全体の明暗や光の変化などは工夫したいところ。ただ、以前にも書きましたが、その
はたらきかけの内容が子どもらにとって「強すぎる刺激」となっていないかどうかは常に意識したいところ
です。また、だんだん明るくなっていく、サッと光がさすといった、明暗の変化なども工夫して取り入れたい
ところ。

・大道具、小道具
 大げさな劇に使うような道具の設定がいつもいるわけではないですが、何かしら、授業の世界観に引きこむ、
通常の生活空間とは異なる授業の場の設定につながる大道具、小道具は工夫して使いたいところ。
 もちろん、一々、新しいものを作るのではなく、これまでにあるものをそのまま、あるいはちょっと変えて
使うとかいうことでもよいです。

 こうしたことは、時として、指導者の方の思いというか意識が先行しすぎることがあります。こうした意識、
この授業はこうしたいという気持ちを持つことは当然重要ですが、それが子どもらの実態に即して、どうわかり
やすい、とらえられやすい形で設定されているのかということがまずポイントになります。

 「設定された授業としての空間」、日常とは異なった「異空間」がうまく設定された授業というのは、
やはりいい授業の基本的な要素、というか枠組みとなるように思われます。

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