父の命日と株式投資、人生の選択肢

今日、6月14日は父の命日です。墓参に行く予定にしています。亡くなってから7年になりました。

父は自宅で倒れて以後は結局病院で過ごすことがほとんどになりました。最初に入院したのはリハビリ専門の病院。かなり徹底したリハビリで目に見えて回復するところもありました。が、そこは短期の入院のみ。以後、入院する病院が短期で変わることになり、そのたびに病院の環境はよくないものになっていきました。

で、行き着いたのは「療養専門」型の病院。「療養専門」といえば聞こえはいいですが、症状が固定的な患者さんが集められた病院で、入院している人の環境はかなり劣悪。積極的な治療は見られず、ベッドからおりる機会するほとんどありません。医師も看護師もやる気が感じられず(それがもう普通になってしまっていてなんの問題意識もなし)見舞いにいったこちらがなにか生気が吸い取られるような感じでグッタリしてしまうような場所でした。

なんとかこの病院から出したいということであちこち場所を探しましたが、なかなか適した場所がありません。というのは、症状は安定しているとはいえ、痰の吸引などの医療的ケアが必要で、そうした対応が可能なところにしか移ることができなかったということもありました。

結局、半ば無理やり、日中のみ看護師さんが在籍しているという有料老人ホームに移ることにしました。相応の資金の負担も必要でしたが、これは私自身が父の財産の後見人となっていた(成年後見制度を利用)こともあり、父の資産を使うことができました。

で、私自身の仕事ですが、この父の老人ホーム入居の前にフルタイムの仕事を退職することを決めていました。その理由のひとつは、夜間、父の体調の関係で頻回な吸引が必要な場合、その時間は施設には看護師はいないので私自身が泊まり込んでその対応をしようと考えたことがあります。フルタイムの仕事を継続しておればこの対応は難しいです。

この時点で、資産運用面では株式投資を中心に一定の利益の蓄積があり、退職金を受け取れば家計全体では資産は1億程度には到達する状況でした。であれば、フルタイムの仕事を退職しても、特に日常の生活に支障が生じるようなことはなく、夫婦で年金を受給するまで手持ちの資産で生活していくことも可能と判断しました。

逆にいえば、こうした状況がなければ、50代前半でフルタイムの仕事を退職するという決断はできなかったでしょう。できないことなら、それをしなくてもなにかそのことが後々に後悔として残るようなことはないでしょう。無論、残念というかこうできればよかったという気持ちはあったかもしけませんが、現実にその選択肢がなければそれはしょうがないところです。

が、資産面では生活はなんとかなるという見通しはあり、父の介護等を最優先に考えてフルタイムの仕事からは退くという選択肢はあるのにそれを選ばないことは、あとから「ああしておけばよかった」という思いが残ることにつながるとも考えました。

結果的にこれがどうなったかというと、私自身がこの老人ホームに泊まり込んだのは2-3回程度でした。風邪だかなんだかを原因に発熱し、それが継続するようなことになり、老人ホームにはとりあえずいられないということで、この老人ホームと提携している医療機関である大きな病院に入院することになりました。結果的にこの病院は療養型の病棟もあるものの、総合病院として積極的に医療の取り組みもしてくれ、看護部門の対応も納得がいくものでした。ただ、発熱などの症状がすっきりと改善することは難しく、結局、以後亡くなるまでこの病院での入院を継続することになりました。

私自身はほぼ連日この病院に行って、大したことはできなかったですが、声掛けをしたり、手足の曲げ伸ばし、ストレッチをしたり、ベッドから車椅子に移乗させてもらって病院内や天気がよい時は少し外の散歩をしたりするようにことをしていました。

結局、このような選択ができたのは、経済的には資産運用による利益の蓄積があって特に不安を感じる必要がない状況になっていたからということがあります。

つまり、株式投資はお金の利益を与えてくれましたが、それは具体的には人生での選択肢を与えてくれたということになったわけです。

今ふりかえっても、この判断が間違っていたとは思わないですし、こうした判断、行動ができたということはありがたいことだったなと思います。

さて、墓参に行ってきましょうか。

父の命日と株式投資、人生の選択肢” に対して2件のコメントがあります。

  1. 桃ひろ より:

    お父さんがお亡くなりになったのはもうそんなになりますか。
    劣悪な病院というのはいわゆる老健病院というものですかね。
    自分の親父もそういうところに半年ぐらい入っていて、基本的にベットから動かさない、リハビリなんかしない、当然みるみる弱っていきました。
    幸いに、親父は医療的な突発的なケアは必要なかったので、なんとかそこから抜け出す事が出来ました。
    その後、ショートステイ等でリハビリを頑張っていましたが、やっぱり加齢なので一時的に回復する事があっても、難しいですね。
    最終的には特養。
    此処は動ける人は自由に動けるのですが、リハビリはしてくれない。
    やはり、だんだん弱っていきました。

    でも伏見の光さんがアーリーリタイア決行した理由が良くわかりました。
    お父さんに良い親孝行が出来ましたね。

    一方、私は親父の最後の数時間前にに親父が自分に最後迄病院にいて欲しかったのかなと思った行為があったのですが、あと一週間ぐらいは大丈夫という医師の言葉を信じて帰ったのが未だにトラウマです。

  2. 伏見の 光 より:

    墓参に行ってきました。蒸し暑かったですが、比叡山と愛宕山、両方ともよく見えていました。

    人の生死と関わる時間の流れの感覚というのは他のこととは違う感じがします。7年が短いのか長いのかよくわからないですね。亡くなったのはつい先日のことだったような気もしますし、もうずっと前のことのような気もします。

    かなりの部分、私のとった行動は「自己満足」ですが、それで「やれることはやった」とは今も思えているので、まあよかったのかなと思っています。

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