山辺の道 天理駅~景行天皇陵・巻向駅(0)

昨日は朝から奈良の山辺の道へ行っておりました。

以前に南コースの南半分は歩いたことがあったのですが、今回は天理駅から南下する形で、その時に歩けていない南コースの北半分を歩きました。

以前の記録はこちら。もう6年前のことでした。

大神神社と山の辺の道(0)

大神神社と山の辺の道(1)

大神神社と山の辺の道(2)

大神神社と山の辺の道(3)

大神神社と山の辺の道(4)

大神神社と山の辺の道(5)

このあたりは、もうそこらじゅう、古墳、古墳、古墳です。卑弥呼の墓とも言われる3世紀頃の大きな前方後円墳である箸墓古墳から6世紀ぐらいのものまでありますから、まあ、弥生時代ぐらいから(纏向遺跡という広範囲の遺跡あり)、300年以上にわたり、このあたりは日本の中での「先進地域」だったということになります。場所としては明日香村もわりと近いですしね。

ということで、こちら崇神天皇陵、古墳としては行燈山古墳(あんどんやまこふん)になります。240メートルを超える長さがあり、全国でも16位、柳本古墳群の中では2位の大きさです。陵墓の名前と古墳の名前が違っていてややこしいですが、陵墓としては実際はどうだか不明な部分もあるのですが、宮内庁が指定したらとりあえず、その指定した陵墓の名前になるということですね。

これ、大阪の高槻の今城塚古墳は実質的には継体天皇陵の可能性が高いようなのですが、宮内庁が別の古墳を継体天皇陵として指定しており、その関係で今城塚は全面的な発掘ができて様々な遺物が出土しています。学術的な調査は宮内庁指定の陵墓についても節度をもってすすめられたらいいと思うのですが・・。

また順次、紹介します。

つづく。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。